雛見沢研究メモ
ひぐらしのなく頃に・うみねこのなく頃にの考察・ニュース

【うみねこ】 真里亞の内面における楼座の殺害と蘇生について 

 またアニメ見つつ考えたこと。
 「さくたろ」破壊時に真里亞の内面で楼座は死に、それ以降の真里亞とって母親はずっと不在のままだとかそんな話。

 読み返すとどうもまとまらない感じです。自分でもよく分かってないんでしょうね。
 なんとかならんかなー(他人事

さくたろの声


 今回のテーマとはあまり関係ないんですが、ちょっと書いておきたかったこと。
 私は「さくたろ」の声は真里亞役の堀江由衣さんで二役でやるんだろうとばかり思ってたんですけど、アニメでは茅原実里さんの声が当たってました。
 ところが楼座によるさくたろ破壊シーンの直前で、真里亞の腹話術に。声は真里亞そのまま。
 これで分かりやすく幻想と現実の落差が表現されてるんだなーと感じました。なるほどなーと。

楼座と悪い魔女の区別


 さて本題。
(EP4)
真里亞「ママを殺す!?ううん、あれはママじゃないよ!ママに取り憑いた悪い魔女だ! ママの魔女を殺してやる!?」
ベアト「?その力を、そなたに与えよう。?魔女の世界の、光差すことなき深淵の奥底を……」
真里亞「?みんな嫌い嫌い大ッ嫌い!! ママも嫌い、縁寿も嫌い! みんなみんな大ッ嫌い!?」
 さくたろ破壊直後、真里亞はベアトを呼び出して殺人のための魔法を教えてもらいます。
 ここで真里亞は「楼座」と「楼座の中の悪い魔女」を一度区別しているように見えるんですが、直後の台詞で「ママも嫌い」とその区別を無効化してます。つまり、真里亞にとって「楼座の中の悪い魔女」も「楼座」も同じ存在であり、実際には区別はないということでしょう。

 真里亞がよく言う楼座本人ではなく「魔女」が悪いという台詞も、本心でなくただの願望である……というような解釈ができます。あんまり楽しいお話ではないですけどね?

殺人魔法


 この場面で真里亞が覚えた「魔法」は一体どういうものなのかという話。
 魔法は現実に影響を及ぼさない内面的なものだという前提を置けば、「殺人魔法」(ここではそう呼ぶことにする)の行使はその使用者の内面における対象の死を意味すると考えられます。
 つまり、真里亞が「殺人魔法」を楼座に使ったということは、真里亞の内面において楼座が死んだということになるわけです。
 
 「内面において相手を殺して死んだことにする」というのがどういうことなのかは想像するしかありません。
 相手を生命のある人間として認めないということですから、自動人形かゾンビでも相手にしてるような感じなんでしょうか。会話をしていても触れ合っても温かさなどカケラもなく、ただ冷たく無意味な時間にしかならないとか。

 あるいは、楼座によるさくたろ破壊により、真里亞にとって「さくたろ」はその内面世界・魔法世界から消失する結果になりました。それと同じように、真里亞の内面世界から「楼座」という存在が消えてしまったのだという風にも言えるかもしれません。
 真里亞は楼座を認識しているようでいて、していないのかも。かなり気持ちのわる?い状態ですね。

 ただ一言、楼座に対する愛情を喪失したといってもいいかもしれません。

白真里亞は、黒真里亞の演技である


 「きひひ」と笑う真里亞を「黒真里亞」として、普段の真里亞を「白真里亞」ということにします。 
 この黒真里亞は、楼座に対して殺人魔法を行使した時に出現したものと考えるのが妥当でしょう。ベアトの宣言どおり、暗黒面に堕ちたという感じです。戦人が天使と表現したこともある真里亞が、堕天使=悪魔になった瞬間です。
 
 「黒真里亞」と「白真里亞」の関係については色々解釈があります。
 例えば戦人たちは「黒真里亞」を真里亞の演技だとか多重人格だとか解釈してます。
 でもそれは違うんじゃないかというのが、ここでの話。

 1986年10月。真里亞はそれまでと変わらず楼座に対して好意的であるように“見える”んですけど、そうではない。真里亞は自身の「殺人魔法」によって楼座を既に殺害していて、真里亞の内面に楼座は存在しない。
 楼座に対して好意的なのが「白真里亞」です。だから楼座を喪失した真里亞は「白真里亞」ではありえません。現実の楼座は、今や真里亞にとってゾンビか何かです。

 真里亞は「殺人魔法」の行使により暗黒面に堕ちた。これは完全な「変質」であって、これ以降白真里亞と黒真里亞が共存するようになるわけではない。それまでの真里亞は全面的に黒真里亞になってしまっていて、白真里亞は存在しない。
 もし真里亞が「白真里亞」になることを望んだとしても、もうそれはできないんです。なぜなら真里亞は楼座を殺してしまったから。死は不可逆であって、普通は簡単に蘇生できるわけではない。

 「楼座を愛し殺さない真里亞=白真里亞」と「楼座を憎み殺した真里亞=黒真里亞」は同時には存在できません。存在できるのは「楼座を憎み殺した真里亞=黒真里亞」だけ。
 普通は「愛憎」は共存するものですが、真里亞の場合は「殺人魔法」によって「憎」だけになっちゃったわけです。
 言い換えると、黒真里亞が白真里亞を殺したといってもいいです。

 つまりこの解釈では、1986年10月あたりの「白真里亞」の振る舞いはすべて「黒真里亞」による演技であるということになります。
 戦人たちの解釈とは真逆ですね。
 ここで真里亞が一つ魔法を使っているとしたら、それは「以前までの自分を演じ続ける魔法」です。

楼座に対する絶望と執着


 真里亞の中でとっくに楼座は死んでしまっているわけですが、「執着」が失われたわけではないんです。かといって真里亞の中で楼座が蘇生するわけではなく、ずっと死んだまま。これは「絶望」です。
 自分で殺した母親の遺骸にすがりつく子供。それが今の真里亞像です。病んでますねえ。

 例えばEP2のラストでは真里亞と楼座の心が通い合い、二人の問題が解決したかのように見えます。
(EP2)
真里亞「機嫌が良くて甘やかしたい真里亞と、邪魔だから居て欲しくない真里亞は別人じゃないの。真里亞も、たったひとりの真里亞なの。だから、怖いママもやさしいママも一緒。?」
楼座「私は何て馬鹿だったの。黄金なんかいらなかった。ただあなただけの手を引いていればよかった。?」
 ここまで完璧に心が通じ合ったなら、楼座と真里亞の問題は解決するはずです。
 ところがそうならないのが「うみねこ」です。このシーンの直後、お茶会でメタ視世界に呼び出された楼座は、ベアトによって徹底的に拷問を受けるんですね。

 なーーーんでそんなことになるのか。もう解決した!でいいじゃないか。
 ここが私のずっと気になってたとこで、解釈に困ってたんですよね。で、今回ここに一つの解釈を与えることができました。それが「真里亞の内面における楼座の死」です。

 真里亞は「殺人魔法」で楼座を殺してしまった。
 その内面における死は決定的なものであって、“さくたろを真里亞・ベアトが蘇生できなかったように、自分が殺してしまった楼座も真里亞自身で蘇生させることはできない”んです。多分ね。
 心を通わせたように見える楼座。しかしそこでも楼座は死んだままです。
 例え真里亞が楼座を蘇生したくても、自身がさくたろを蘇生できないように、それは不可能です。

 なぜなら、EP2の出来事は現実ではなく幻想だから。そしてそこでの楼座は「本当の他者」ではないから。
 幻想であるベアトではさくたろを蘇生できない。同様に幻想でいくら心を通わせても、楼座は蘇生できない。何の解決にもならない。楼座のゾンビといくら話したところで、楼座と話したことにはならない。
 真里亞の中の楼座はまだずっと死んだままで、真里亞はずっと楼座を憎んだまま。だからEP2のお茶会で、楼座は拷問を受けるというわけ。

 真里亞の魔法の限界。現実に破壊されたさくたろを「解釈=魔法」によって蘇生することはできないし、現実に失われた楼座に対する愛情を、真里亞一人の解釈で蘇らせることはできない。それはただのウソにしかならない。

「本当の魔法」と楼座の蘇生


 EP4でも楼座と真里亞の問題は完全には解決しません。ただ、さくたろの蘇生によって一応の落ち着きを見せます。
(EP4)二人は黄金の風になって混じりあいながら、ここではない、別の安らぎの地へ、去っていく。
 縁寿の「本当の魔法」によってさくたろを蘇生された真里亞は、黄金郷から消えてしまった。
 「本当の魔法」とは、ベアトのような「偽者の他者(幻想)」ではなく縁寿という「本当の他者」によって与えられる「現実」……この場合は多分、同じ形のぬいぐるみを差し出すだけのつまらない手品です。
 黄金郷からの追放は、真里亞が1986年10月5日の時点で死んでいることを考えると「成仏」と表現するのが妥当でしょうか。

 しかしさくたろが蘇生したからといって、楼座との問題がなくなるわけじゃないんですよね。
 ひょっとすると、「楼座との問題は解決する必要なし」というのが一つの結論なのかもしれません。そんなものは忘れてしまえってことです。それも一つの道。リアルにこんな親がいたら、子供はさっさと自立して親元から離れるのも手です。EP4の真里亞の「成仏」はこのルートなのかも。
 あるいはここで成仏した真里亞は、次に楼座との問題を解決するための旅に出たのかもしれません。

 真里亞がその内面において殺してしまった楼座についても、蘇生できるのは「本当の魔法」だけでしょう。縁寿の「本当の魔法」を見た真里亞は、別の世界で楼座に対してそれを使うのかも。
 それがどういうものになるのかは分かりません。失われた楼座の愛を回復するのに何が必要なのか。父親を連れ戻すとか。楼座との思い出の品を持ってくるとか。
 で、愛情を回復した楼座が真里亞に対して(それとは知らずに)「本当の魔法」を使う。これで真里亞の内面において、楼座がはじめて蘇生する。

 真里亞側が楼座の行動を「好意的に解釈」するだけの魔法は実は「偽物の魔法」なんですよね。そこには「現実」も「本当の他者」も介在しないからです。
 ポケットから飴玉を取り出すような、素朴な手品でもいいんです。「本当の魔法」とはそういうもの。現実の人間に「本当の他者」が現実でもって働きかけるのが「本当の魔法」……だから真里亞は、現実の楼座に対して何かアクションをおこさなきゃならないんですよね。
 そうすることで「偽物の魔法」は「本当の魔法」になる。でもって二人の宇宙ができあがる。

 EP4は受動的で一方向的な解釈という「偽物の魔法」が、縁寿によって形を変え「本当の魔法」に昇華する物語。
 ……はてさてどうなることやら。
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