雛見沢研究メモ
ひぐらしのなく頃に・うみねこのなく頃にの考察・ニュース

【うみねこ】 「兵隊幻想」とか縁寿の内面的な変化とか 

*2009/11/22 ちょっと追記。「小六軒島事件」

 またアニメを見ながら少し考えたことを。
 EP4の天草十三について。また六軒島での縁寿の死について。

 そういえばEP4の再プレイやってないんで、そのうちやりたいですねぇ……

兵隊幻想


 以前古戸ヱリカについて「魔女幻想」に対する「探偵幻想」だと書いたことがありました。

 ここにさらに加わることになるかもしれないのが「兵隊幻想」……天草十三です。

 天草十三のようなキャラクターをなんと呼べばいいか迷ったんですが、英雄でもないし殺し屋でもないし。なんとなれば「兵隊」としかいいようがないなと。セガールしかりジャック・バウアーしかり。元兵隊もまぁ兵隊だろうと。というわけで「兵隊幻想」です。

 話は単純で、要するに「こんなやついねーよ」ってことです。
 「いない」は正確じゃないですね。ひょっとするとこの世のどこかに歴史上、こういう1人であらゆるミッションを遂行し、殺人も辞さないプロがいたことがるかもしれない。しかし問題はそこではありません。
 「うみねこ」における「魔女幻想」同様、それは都合のいい幻想に過ぎないと看破するということ自体が重要な意味を持ちえます。

 日本にいわゆる探偵小説的な探偵は一応いないことになってます。探偵を名乗って殺人事件を捜査するような存在は物語の中にしかいない。だから古戸ヱリカが果たす「探偵」というストーリー上の役割は、ベアトリーチェの「魔女」と同様、ただの「幻想」だといえます。彼女は「探偵ごっこをしてるだけのただの子供」です。
 同様に、現実にボディガード的な存在がいたとしても、天草十三のようなマンガ的なキャラはいない。
 また「ひぐらし」祭囃し編のデウスエクスマキナ的な存在である「赤坂」に近い感じもします。梨花を助ける白馬の王子様が、縁寿が助ける存在にすりかわったと。それは要するに胡散臭いというか、ウソくさい。

 そんなこと言ったら物語の登場キャラ全部そうだろ!ということになるわけですが、その線引きはここではしません。というかできません。なのでここでは踏み込みません。

狙撃


 で、だったら何なのかという話。
 よく言われる六軒島での須磨寺霞vs縁寿のシーン。あそこで天草が霞たちないし縁寿を狙撃して殺したんじゃないかという解釈があります。
 そこでふと考えたわけです。「ひぐらし」みたいに謎の秘密組織が一般人を暗殺するような前作があるからナンなんですけど、“現実”的に考えて、あんなマンガみたいな殺し屋なんかいないよなという。
 天草がボディガードだったとしても、それは日本で殺人を犯すこととはかけ離れてます。
 
 魔法もウソくさい、探偵もウソくさい、天草の狙撃もウソくさい。つまり天草は狙撃なんかしてないんじゃないかってことです。そもそも狙撃銃すら持ってないんじゃないかと。

 となると、霞のとりまきのヤクザみたいな奴らもウソくさくなります。
 ともすれば、あの六軒島での殺し合い自体が“なかった”んじゃないかということもあるかもしれない。あるいは、あの時あそこに須磨寺霞はいなかったんじゃないかとさえ、考えることはできます。

縁寿の死について


 一応、縁寿があの時六軒島にいたことと、そこで死んだことを事実と仮定すると……一つ言えることがあります。
 それはあの時の島が、そもそも地形として危険な場所だったということです。
その丘からの急な下り坂は、12年間の風雨で土砂が崩れてしまったのかもしれない。緩やかな崖といってもいいような岩だらけの斜面になっており、転げ落ちるのは簡単だが、登るのはかなり難しくなっているようだった。
 土砂崩れで屋敷に近寄れない状態。

これ以上を進めば、戻れなくなる。つまりは、……ここが、境。
ここが1986年と1998年。そして、あの日と今日。彼岸と此岸の、境目。
 この崖はあの世とこの世の境目。この文章は、「縁寿が降りようとすれば死ぬ」ということを意味しているのではないか。
 そして多分、縁寿は降りたんです。あるいはどこか別のカケラの世界で、降りたことがある。そして死んだことがあるんじゃないかと。
 あの時この場所には、霞もいなくて、天草も狙撃なんかしてなくて、ただ縁寿が転げ落ちて死んだ。それを覆い隠しているのが、あの殺し合いなのかもしれないという発想。

 【うみねこ】 繰り返し使われる「落下と死」のモチーフについてのアイデア - 雛見沢研究メモ(仮)で書いた「落下と死」に繋がってくるのはただの偶然。
 正しいかどうかはともかく、一つの解釈として。

縁寿の気持ちを変えたもの


初めは死ぬための旅だった。でも、今は違う。何かを成し遂げる旅に変わっている……
縁寿「?あの日の私なら、何も躊躇わずにこの崖を降りるだろうけれど」
 縁寿自身も、気持ちが変わらなければ「降りた」ことを自覚してます。降りるということは、死ぬということです。
 しかしこの時の縁寿の気持ちは違う。例え真相が「降りるつもりはなかったけど、うっかり風に煽られて落ちちゃった」だとしても、少なくとも縁寿の気持ち自体は「降りる」ことを拒否してます。 
 これは縁寿が「生」を選択したということです。

 別のカケラでは降りたかもしれない。でも今回は降りるつもりはなかった。
 この違いの原因は何かと考えると、カケラを渡って因果に干渉するベルンカステルとの遭遇かなというところに、まず発想がいきます。

 しかしベルンカステルは魔女。魔女も魔法も実在しない。ただの内面的な存在。
 ならベルンカステルとの遭遇は、縁寿の内面的な変化を意味する……と解釈すると……一体どこで縁寿は変わったのか。そのきっかけは何か。

 これを辿ると、もう解釈の余地が少なくて他にないんですけど、小此木鉄郎との対話というところに落ち着くように思います。
 ここで縁寿は、それまで絵羽を犯人と決め付けてから全てを考えていたことに気付かされた。小此木は絵羽に対して好意的な解釈を与え、縁寿はそれに気付いた。そしてその差は「愛」だと言語化された。
小此木「愛があるかどうか、さ。相手に愛を感じてるかどうかで、ものの見え方はまったく違うってことなんだ?」

 これをEP5的に考えれば、この時の縁寿は悪意で証拠をでっちあげる変態探偵・古戸ヱリカそのものです。
 「うみねこ」はそれを「愛がない」として非難するメッセージを放つ作品です。縁寿は小此木の言葉をきっかけに、より客観的に六軒島の事件を考えるようになった。
 この縁寿の内面的な変化が、ベルンカステルとの遭遇や六軒島での殺し合いとして表現されてるのかもしれないなーと。まぁそんなところです。

誰が、何のために


 ここからは更に考えすぎな領域。メモ程度に。

 ここで発生する「誰が、何のためにこの場面に対してこんな“解釈”を与えたか」という問題。七杭が乱舞するシーンは分かりやすい「魔法」なので現実ではない。さらにその下にあると思われた「天草による狙撃」さえも現実ではないかもしれない。二重に覆い隠された真相があるとしたらどんなものか。

 七杭の乱舞はあの場では縁寿にしか発想しえないことなので、縁寿の解釈。
 縁寿はここで「死」を選択せず、霞と戦うことで「生」を選んだ。

 では狙撃は?
 これはあの場で縁寿を発見した天草の解釈かもしれない。

 「邪悪な魔女」の役割は、人間に罪を着せないこと。他人の罪を被ること。事件を都合よく解釈する人間には「真相の隠匿」がつきまとう。
 ここから考えると、天草はその場で起こった何らかの事件を、自分の罪(狙撃)だということにしたかったのかもしれないということに。「愛」をもって好意的に見た場合ですけど。

 一般的にここは「天草が霞や縁寿をまとめて狙撃で殺した」という風に解釈されてるっぽいんですが、私は「霞たちが天草の狙撃で、縁寿は霞か取り巻きの銃弾で死んだ」という風に解釈してます。
 ところが「狙撃」というネタが使えないとなると、取っ組み合いでもして崖から落ちて死んだのかなとかそんな発想しか出てきませんね……

 無理矢理ストーリーを与えるとこんな風になるかな?
 天草が縁寿を発見した時、縁寿が霞を崖から突き落として殺した後、自殺か事故死したように見えた。だから縁寿に殺人者としての汚名を着せないために、ベアトリーチェよろしく「自分が殺した」ことにした。ここには縁寿を守ることができなかったことへの罪悪感もある。
 そんなカケラもあったのかもしれません。

 あるいは、縁寿死後の世間やマスコミの解釈という線も考えられるかも。
 あの六軒島の右代宮家の跡取りが死んだ。縁寿と一緒にいた男は誰だ。元傭兵だ。だったらヤツが殺したに違いない。……そんな感じの報道とかですねー
 
 大分考えすぎですねぇ。
 でもこういう風にいい加減なことを妄想してるうちが、一番楽しいというか(笑



追記:小六軒島事件


 縁寿が六軒島で死んだことを事実と仮定すると、これは「六軒島事件」の縮図になっているといえる。いわば「小六軒島事件」である。
 「小六軒島事件」についての解法を見出せば、これは「六軒島事件」にも適用できそうである。

 例えば本来ただの事故であったものが、「魔法:ゲーム盤世界の解釈」と「世間やマスコミの解釈」に二重に隠されているとか。そういう視点を得るための簡単な「例題」になっているのかもしれない。
関連記事


iPhoneからみてます。
以前とはちがって、フルブラウザとは
別の画面がでてきました。
ケータイなどに対応なのか、ひじょうに
軽くてみやすいです。ありがとうです。

ただ、下の方に表示される広告の挙動がかなり
ちらちらとしていて、本文が読みにくかったです。

これからも記事楽しみにしてます。
[ 2009/11/10 19:24 ] -[ 編集 ]
はじめまして。
ネット上にあった「天草=縁寿の妄想キャラ」説が
「兵隊幻想」の記事によって
より個人的に信憑性が増したのですが
いかがでしょうか?
狙撃云々以前に、天草そのものが実在しないという説なのですが。
[ 2009/12/08 15:43 ] HniZRiRY[ 編集 ]
いえ、
あのときの出来事も全て幻想です。
縁寿はビルから飛び降りて自殺しました。
事実は魔女など現れず、縁寿は死亡しました。
後の縁寿は、絵本作家になるまでを含めて、フェザリーヌによって描かれた幻想縁寿に過ぎないのです。

魔女の儀式の真実は、生き残れたものは誰もいません。
血も涙もない、本当に救いのないお話です。
[ 2012/07/04 21:55 ] -[ 編集 ]
コメントの投稿










管理者にだけ表示を許可する
バナー
サイト内検索


bare
はてなブックマーク数

カテゴリー

【配布物】
[うみねこ辞書用テキスト配布]
[ひぐらし辞書用テキスト配布]
ネタバレバナー ver.2.1

このサイトについて
ブログパーツ



  • ブログSEO対策 : track word 
  • SEO 
  •  
  •  
  •