雛見沢研究メモ
ひぐらしのなく頃に・うみねこのなく頃にの考察・ニュース

【うみねこ】 ワインボトルのノート片の話と、おまけ「楽しいイベントと想定外の事故」 

 メインはワインボトルのノート片の話。

 あとおまけで余計な話。
 人が死にさえしなければ、新当主が選ばれるだけの、おめでたいイベントの話だったかもしれないとか。

ワインボトルのノート片について


ノート片に書かれてたのは、ことのあらましだけ?


2つのワインボトルの中には、ノート片が何枚もぎっしり詰められていた。
それは、右代宮真里亞を名乗る本人以外の何者かによる、事故前日から当日を日記風に記した膨大な手記だった。

この奇妙な日記風手記には、台風で島に釘付けにされた右代宮家の親族たちが、魔女復活の儀式に巻き込まれ、次々に不可解な方法で殺されていく様子が記されていました。

そして最後に黄金の魔女ベアトリーチェが蘇り、全てを黄金郷に飲み込む。まるで、それこそが当日の全容であるかのように記されていました。

また、当時の島の状況についても非常に詳しく描写されており、右代宮家に勤務したことがある元の使用人たちは、間違いなく内部に詳しい人間が書いたに違いないと証言しました。

2つの日記は、どちらも魔女の碑文に沿った連続殺人を描いているのだが、犠牲者の順番も死に方も、“二日間の物語”さえも違う。しかし、どちらも最後は全員が死亡し、魔女が復活するという同じ顛末を描いている。(全てEP4)

 「最終考察」をちびちび呼んでる中で、KEIYA氏はノート片にキャラのセリフの類まで事細かに書かれているように解釈されているように読みとりました。しかし私は違うと考えてます。
 まずワインボトルに入る紙の量や文章量を想像するに、EP1つ分を収めるのは難しいのではないかということ。それから、キャラクターのセリフまで細かく書かれていれば、それは「日記風」というより「小説風」になってしまうことなど。
 つまり、ノート片の内容はEP1と2(?)のあらすじに相当するものであり、全てではないということです。もちろんこの解釈が正しいとは限りません。

 また、ノート片に書かれている内容には「メタ視世界」の描写は含まれていないと考えます。
 内容に関する説明を見る限り「事件」の内容がメインであって、戦人vsベアトのメタ視世界でのゲームに焦点がないように見えるからです。

 結論としては、ノート片の内容と各EPの内容は完全には一致せず、ノート片に記されているのは私がいうところの「ゲーム盤世界」の出来事のあらすじだけ。
 仮にノート片が「ゲーム盤世界」のストーリーの元になっているとしたら、相当に肉付けされたものであるということです。


三層世界

 一応、久々なので私が想定している世界観についてもう一度解説を
2008062801.gif
 上位・メタ視世界とは、戦人とベアトがゲームをしてる世界。
 虚構・ゲーム盤世界とは、六軒島の屋敷で数々の殺人事件が起こっているように見える世界。魔法描写も混じってます。
 現実世界とは、戦人たちが現実に生きている世界で、一応ファンタジー抜き(とはいえ「ひぐらし」的な世界観だとファンタジー要素ゼロとは言い難い)の世界。
(参考)【うみねこ】[第二話] “三層世界・間接干渉”仮説 - 雛見沢研究メモ(仮)

ノート片と事故の結果の一致と不一致


 ノート片の内容及びゲーム盤世界での出来事と、現実世界で起こったとされる事故の内容で一致していることが分かるのは、登場人物などの基本的な設定と、全滅という結果だけです。
 そこにいたる過程に何があったのかはあくまで不明であり、全員が凄惨な殺人事件で死んでいるかもしれないし、あるいは全員がただの事故だったかもしれない。

 一つポイントになるのが、EP4で判明してるのは「全滅」というオチのついたものだけで、絵羽生存のパターンの内容ではないということ。
 EP3に限って言えば、そもそもノート片と実際の出来事の内容は一致すらしていません。
 私たちはEP1の存在によって、「ノート片(の結果=全滅)と現実が一致している世界」が存在することを知ってますが、EP3の現実世界の人たちはそれを知らないはずです。
 ウィッチハンターたちにとって六軒島の事件が魅力ある謎となるためには、ノート片の現実との一致度も重要になるはずです。あまりにも「的外れ」だと、無視されかねません。
 EP3の世界では、ひょっとするとノート片単体ではスルーされていたかも。作中の説明でも、右代宮蔵書とセットになってはじめて意味があったような話になってます。

 なぜEP3相当のノート片が見つからないのか。これについての一つの仮説を、後におまけで語ることになります。

ノート片を書いた時の目的とメッセージボトルを流した時の目的は別?


 まず考えるのは、ノート片が書かれたタイミングです。
 膨大な手記である点、複数ある点などから考えて事前に準備されたものだと考えるのが妥当だと思います。 
 基本的に「事件が起こった後に書くのは無理」という考え。
 仮に「ひぐらし」の梨花のように記憶を引き継いでるキャラがいれば、現実に起こったことを書くこともできるかもしれませんが、そういう例外はここでは考慮しません。
 
 次に考えるのが、「メッセージボトル」という伝達の形態と、関係者に暗証番号などを送りつけた「手紙」という形態の違いについて。
 これは一言で「確実性」の違いです。
 メッセージボトルの到達は不確実なものですが、手紙はほぼ確実に届くでしょう。
 メッセージボトルを確実に誰かに拾わせるには、海に流さず岸辺などに狙って配置しておくことも考えられますが、ここでは考慮しません。

 さて、手紙とメッセージボトルに確実性に決定的な差があると、これを実行した人物の意図がぼやけてきます。
 ノート片を作るには膨大な労力が必要なはずですが、そこから得られる結果は不確実。
 仮に「天文学的な確率」を利用した魔術だとすれば、他の要素にももっと不確実な手段を使えばいいんですよ。関係者への手紙も全部メッセージボトルで流すとか(笑) いくらでも確率を下げることはできるはずなのに、中途半端なことしかやらない。ここがおかしい。

 ここで、ノート片はもっと別の確実性の高い目的のために作られた物で、ボトルに入れて流したのは本来それが書かれた時のものではない、全く別の目的なのではないかという発想が出てきます。
 あるいは書いた人物と流した人物は別かもしれません。

碑文とノート片の共通点


 まず大きな共通点として、碑文の殺人劇を示唆する内容と、ノート片の殺人劇。
 そして全滅オチを思わせる碑文の内容と、ノート片の全滅オチ。
 基本的に碑文とノート片は話の流れが一緒なんです。
 ノート片には碑文をネタにした見立て殺人みたいな話が出てるはずなので、当たり前ですね。
 
 そしてもう一つの共通点。それは、右代宮家の内情について、ある程度は詳しいってことです。
 まずノート片についてこういう記述があります。
また、当時の島の状況についても非常に詳しく描写されており、右代宮家に勤務したことがある元の使用人たちは、間違いなく内部に詳しい人間が書いたに違いないと証言しました。

 ノート片は、六軒島に集まった人間たちに詳しい人物が書いたもの。
 
 次は碑文について、「四つの宝」の部分。
 一つは、黄金郷の全ての黄金。
 一つは、全ての死者の魂を蘇らせ。
 一つは、失った愛すらも蘇らせる。
 一つは、魔女を永遠に眠りにつかせよう。

 当主の継承を求める人間がいること。
 死者の蘇生を望む人間がいること(金蔵?)
 ベアトリーチェ(魔女の)蘇生を望む人間がいること(金蔵)
 愛を失った者(真里亞?金蔵?)がいることなどを知っているかのような内容なんですね。

 【うみねこ】 ベアトリーチェの正体について -例えばこういう四つのルール- - 雛見沢研究メモ(仮)でも、碑文の「四つの宝」の部分と「ルール」として想定したものの奇妙な一致について少し触れましたが、この「四つの宝」はキャラクターの内面にダイレクトに触れてる部分があるんです。
 それがこれ。
魔女は賢者たちを讃え、黄金郷にて四つの宝を与えるでしょう。
?略
真里亞は失った母の愛を。
(参考)エンドロール文章 : うみねこのなく頃に まとめWiki

 まるで、碑文は「真里亞が母の愛を失っていること」を前提にして書かれているようです。 
 ここから一つ想像するに、碑文とノート片は同じ人物が一つの目的の下で作成したものではないかと。色々と話の飛躍もありますけど。

 一つ注意したいのが、仮にノート片にキャラの内面まで書かれていたとして、それが実際に正しくその人物の内面を現しているとは限らないということです。
 例えば、夏妃や楼座、絵羽や霧江の内面がノート片に書かれていたとしても、それは必ずしも現実の彼女たちとの一致を意味しません。


楽しいイベントと想定外の事故


 ここでこれまでの話を踏まえての、おまけの話。

ちょっとした仮説


・全滅エンドは事故による結果
・例外としてごく限られた殺人事件が発生(EP3の絵羽による戦人殺害)
・碑文、ノート片、関係者への手紙+現金は、人死にを前提としない一つのイベント
・ノート片の結果部分(全滅)と現実の出来事の一致はただの偶然

(前提)
・10月4?5日の描写は一部を除き現実ではない
・赤字は必ずしも現実での殺人事件を意味しない
・ノート片に書かれてるのは事件のあらましだけ
・ノート片と現実が一致してるのは登場人物などの基本的な情報や、結果のような限られた部分のみ

偶然オチについて


 偶然発生した出来事にすぎないのに、勝手に陰謀を想像しては疑いを深め、何か裏があるに違いないと決め付けたり。
 「ひぐらし」にも単なる偶然以上に説明のないことがあります。
 例えば雪絵の死は、ある意味では必然なんですが、「ひぐらし」の裏に渦巻く事件の数々とは無関係の単なる事故だとされてます。しかしタイミングが良すぎるので、何かの陰謀ではないか、他殺ではないかと疑いたくなるわけです。

 上の仮説に「偶然」を盛り込んだのは、単に私の好み。
 碑文などを含んだ何か妙なイベントが企画されていたところで、想定外の事故が発生してみんな死んだというオチ。
 劇中劇とか作中作オチに近いかも。
 ただの偶然なのに、後から事件を知った人々は中でノート片準拠の殺人事件を想像する。
 で、私はここで思ったんですよ。彼らは真相を知ればさぞガッカリするだろうと。

 こういうガッカリなオチを想定するのには一応理由もあります。
赤で魔女を否定することは即ち、……彼女のみすぼらしい姿を知ることになるということ。
 というEP3の記述。
 魔女の正体はみすぼらしいもの。
 みすぼらしい正体→がっかりするような正体→魔女の真相≒事件の真相→事件の真相もガッカリ系
 ショボければショボいほどガッカリ度が上がって、いい感じじゃないかと。

楽しく明るい、イベントの意図


 「人死にを前提としない一つのイベント」という想定のもとに考えます。
 いくつか考えられるんですが……
?当主選定イベント
?戦人の帰還に関するイベント
?真里亞のためのイベント(ハロウィン含む)
など

 ネガティブなものを想像しがちなんですが、あくまで人死には想定外の事故であったと仮定すると、ポジティブな意図の存在も想定できると思います。楽しく明るいイベントです。想像できませんか?

 例えば関係者に送られた手紙と1億円。これは、何かの口止め料じゃないかとか、ヤバい金なんじゃないかとか酷いいわれようです。
 じゃーこれが例えば「ご祝儀・祝い金」だったらどうでしょうね。あるいは「引出物(慶事であって結婚式とは限らない)」だったりね。
 何を祝うのかといえば、「当主継承」とか。
 当主が選ばれたら、そりゃおめでたいでしょ。普通
 人が死んでるからヤバくみえるだけで、全員無事のままに当主が決まってたら、お祝いの一つぐらいあってもいいじゃないかと。1億円はそのおすそ分け。
 あとはそうですね。ハロウィンのお菓子代わりとか。無茶ですか。

 ノート片はなんですかね。イベントの企画書の一部とかじゃないですかね。
 わざと気持ち悪い碑文を提示することで、ミステリごっこでもやりたかったとかね。
 現に真里亞はなんだか喜んでますよね。「みんな生き返る=フィクションだと知っている」から楽しめるのかもしれない。
 身内をネタにした殺人劇なんて趣味悪いには違いないですが。楽しんでるならいいんじゃないですか。メタ視世界のベアトリーチェも楽しそうにしてます。
 くだらないですね。くだらなければくだらないほど、多分魔女の正体もみすぼらしくなっていくわけですから、それでいいんです。

真里亞とイベント


 真里亞が「フィクションだと知っている」とすれば、その理由はベアトリーチェとの繋がり。
 魔導書の署名にベアトリーチェの筆跡があったように、ノート片の筆者=イベント企画者と繋がりがある。
 だからEP2では愚直に碑文を解こうとしたり、「碑文を解いたら殺人劇は止まる」と信じてたりするという解釈。
 元々のイベントの企画意図が「碑文を解いたら当主継承しておめでとう!」なので、それで終わると思ってる。
 真里亞もイベント企画者の一人だと考えた方が分かりやすいかも。

 イベント企画者が金蔵中心の人間たちだったとして、金蔵は真里亞が嫌いだったんじゃないの?って話がありますが、これは「最終考察」でもちらっと読んだネタのごとく、実は金蔵と真里亞は直接的・ないし間接的に接触してたんじゃないかというのが考えられます。
 金蔵が孫に喜んでた時期もあったみたいだし、EP4じゃ真里亞と会って試験をして、気に入ってますね。

そして事故があり、殺人事件


 碑文がらみのイベントは人死にを想定してないという前提です。
 一応「当主継承」をイベントの意図として想定しますと、何事もなく終わればおめでたいことであって、陰惨な事件でもなんでもありません。

 まだノート片が見つかっていないっぽい、EP3の展開がやはり面白いですね。
 第一の晩に死んだのが、金蔵、源次、紗音、嘉音、郷田、熊沢の6人。
 作中でもいわれてますが、金蔵や使用人の自作自演のネタなんじゃないかというのがありました。
 実際に死体が発見されることでシャレにならなくなりましたが、この流れもノート片の内容だとすると……
 現実の「イベント」は、使用人を使った“劇”だったとも考えられます。つまんないですね。しょっぱいですね。でもみすぼらしいほど良いんです。

 現実にこんなイベントがあって、まんまと親たちが使用人たちの死を信じた。
 碑文に向かう親たち。そして絵羽と楼座が謎を解く。
 実際に人が死んでさえいなければ、「当主選定イベント」としては非常に理想的な流れだといえます。

 うまく絵羽が当主を継承しましたが、しかし屋敷に戻ってみればなぜか全滅(戦人除く?)。
 前にネタで書いた、毒ガスと爆発でもいいし、ぶっちゃけ原因はなんでもいいです。 
 実際に起こったらしいことが分かってるのは絵羽の戦人殺しだけなので、戦人は生存してなきゃまずいかも。殺したタイミングは分かりませんけど。
 譲治が死んで正気を失った絵羽が戦人を殺してしまうぐらいは、まーしょうがないかなーとか。

 この場合、黒幕とか連続殺人犯とか、そんなものはいません。イベントの企画者と参加者がいて、事故が起こって、結果として一人を殺してしまう悲しい殺人事件があっただけ。
 
 イベントの意図としては、碑文を解いて当主継承したらそこで終わりのはずなんです。
 しかし、EP3はそれでは終わらなかった。
 なぜか。
 それは、イベント企画者の意図しない、想定外の事故があったから……という解釈。
 私はEP3で、「碑文が解けたら殺人が止まらなきゃ詐欺だ」とか「碑文が解けたら殺人が止まるってのは嘘だったのか?」とか「殺人が止まってないってことは碑文も解けてないってこと?」などと色々考えました。
 しかしイベントと事故を分離することによって、「本来のイベントのルールの中にないこと」の混入を見出せば、一応解決します。

ノート片が想定できない展開


 全滅エンドは継承者無しの意味だとすると、これは想定できます。
 イベント企画者の意図の範囲内でしょう。誰も碑文が解けなかった。それで終わり。残念無念また次回。

 しかし、EP3は想定できない。
 本来のルールでは、碑文の正答者が出た時点でイベントは終わるはず。ベアトリーチェも真里亞も散々説明してます。
 しかし終わらない。これは想定外の事故によるもの。
 
 ここでポイントになるのが、イベント企画者が事前に書いたであろうノート片に、EP3の内容のものが見つかってないこと。
 想定外なんだから事前に書けるわけがないんです。

 ひょっとすると、「絵羽が当主を継承したところで殺人劇が終わるノート片」は存在するかもしれません。
 本来のルールに基づいたノート片は存在できるが、そうでないものは存在できない。故に見つからない。
 

ノート片をボトルで流した理由?


 色々考えられるでしょうが、人が死ぬことが想定されてないイベントの一貫としてノート片が用意された前提だと限られてくるかも。

◆事件前に流した場合
 ちょっと面白い小説を書いてみたから、真里亞の名義で流してみた。
 いつか真里亞が気付けば面白がってくれるかもしれない、ちょっとした悪戯。

 あるいは、真里亞と筆者が一緒に考えた展開だったのかもしれない。
 拾った人間は、ちょっと調べれば“実際に事件が起こってないこと”が分かるはずだったので、こんなに世界的な問題にはならなかった。
 子供とオトナが一緒に書いた小説。共同制作の同人誌みたいなもの。
 誰かに読んでもらいたくて、ボトルで流してみた。ネットにアップするとか無理だし。出版するのも恥ずかしいし・・・みたいな。 
 上で小説じゃないって書いてるのになぜ小説。ああダメだこれ。
 小説のプロットってことにしときますか。無茶苦茶だなー

◆事件後に流した場合
 事件後に、結果の一致を知った誰かが、ダイイングメッセージとして流したとか。

 わかんないからどうでもいいやもう。
 ぐだぐだなのでこのあたりで。
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