雛見沢研究メモ
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[ 2009/03/03 22:25 ] [ 編集 ]
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【うみねこ】[EP4考察] ベアトリーチェに祝福を -「赤字」は人の本心を証明する- 

 例えばそう、
 「(赤字)私はあなたを愛している」
 こんなものが、キメ台詞として今後登場するかもしれません。割と自信があります。
 今まで書いてきたように、赤字は論理の面ではもうあまり意味がないかもしれません。しかし別の使い道があるかもしれない。

 ひとつは、【うみねこ】[EP4考察] 「赤字」や「青字」の本質とは? -各EP間のゲームのルールの違いに意味を求める- - 雛見沢研究メモ(仮)で書いた「魔女を倒す武器」としての機能。
 そして今回考えるのは、「本心を証明する手段」としての機能です。

「赤字」とコミュニケーション


 今や私の興味は、理屈の部分よりも物語の展開の方に偏ってきました。
 その物語の展開に不可欠なのが、キャラ同士のコミュニケーション。
 そしてそのコミュニケーションにおいて、「赤字」は絶大な意味を持ちうると考えています。 
 
 例えば最初に例としてあげた、「(赤字)私はあなたを愛している」なんていうのがそうです。
 こんなものは理屈とは何の関係もなく、ただ自分の心を告白しているだけですが、「赤字」によって「本心」としての保証があります。

 他にも「(赤字)私はあなたを裏切らない」などと宣言すれば、なにがしかの契約において、互いの信頼関係を確認するのに非常に有用な手段となります。こんなものは「魔法」でしかありえません。
 人と人とのコミュニケーションがかかえる根源的な「何を言っても本心かどうか分からない」という問題を、この「赤字」によってクリアすることが可能になっていると考えることができます。
 本来はベアトリーチェと戦人の推理合戦に使われる「赤字」でしたが、別の使い方ができそうです。


人を信じられなくなった哀れな人間とのコミュニケーション


本編Ep4で戦人が赤字ジャンキーになるシーンがありましたが、
あれは作者から「赤字にこだわり過ぎた者の末路」を暗示されている様に考えました。
(参考)【うみねこ】[EP4考察] 「赤字」や「青字」の本質とは? -各EP間のゲームのルールの違いに意味を求める-にていただいたコメントより
 このようなコメントをいただきました。
 「赤字にこだわり過ぎた者の末路」とは、「人の心を信じられなくなった人間」のことだと思うんです。
 理屈にこだわりすぎ、人を疑い、人の心が信じられなくなった哀れな男こと右代宮戦人。
 縁寿との「赤字」を使ったコミュニケーションだけが、彼の魂を呼び戻しました。

(戦人:赤字)何も信用できない、赤くない言葉は何も信用できない…!!
(縁寿:赤字)早く帰ってきて、お兄ちゃんッ!! 私を独りぼっちにしないでッ!!!
私よ、縁寿よ…!! お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、誰も帰ってこないッ!! 寂しいよ!! お願いだからッ、早く帰ってきてッ!

(参考)魔女側の赤文字発言&拒否した内容と戦人が青字で発言した内容 : うみねこのなく頃に まとめWiki

 この赤字にも、理屈も何もありません。ただ彼らは自分の本心を、赤字で証明しているだけです。
 戦人は「何も信用できない」と。縁寿は「寂しい」と。

 これを応用すれば、いかなる相手にも己の本心を証明することができます。
 たとえば、ベアトリーチェなんかはどうでしょうか。特に戦人に「罪」を求めた下位ベアトです。
 彼女はかつての戦人に裏切られ、6年間放置され、戦人を信じられなくなっているのではないかと推察します。
 そんな相手であっても「赤字」が信じられる限り、心を伝えることができるはずです。


ベアトリーチェに祝福を


(赤字)いっそ、
生まれたく
なかった

(赤字)誰も愛せ
のですか

(参考)魔女側の赤文字発言&拒否した内容と戦人が青字で発言した内容 : うみねこのなく頃に まとめWiki
 画像での文字で、こういうのがありました。
 これはベアトリーチェの本心を表しているのだと思います。
 「いっそ生まれたくなかった」とまで考えているベアトリーチェ。彼女はその誕生を、誰にも祝福されていないのかもしれません。
 そして「愛」という文字からは、おそらく彼女が愛されることを望んでいるであろうことが伺えます。

 ここで最初の「(赤字)私はあなたを愛している」という言葉が出てくるんです。
 誰が言うのかは分かりません。戦人かもしれないしそうでないかもしれないけど、誰かが彼女への愛を示してあげる必要があるのではないかと思います。

 ベアトリーチェの殺人に対する罪悪感の欠如が、EP3のエヴァがそうだったように、命の大切さを知らないことによるものだったとしたら。
 そしてそれが、自分の命が祝福されず、愛されていないことによるものだとしたら。
 彼女に欠けているものが与えられた時、この殺人劇がとまるのかもしれません。


そして真里亞にも祝福を


 ベアトリーチェのことだけではありません。
 縁寿がこの事件の核であるかのように言っていた真里亞のことも問題になってくるでしょう。

 人を信じられなくなった哀れな人間……母を「魔女」としてしか見れなくなった真里亞もまた、当てはまるのではないでしょうか。
 真里亞に必要なのは恐らくこういう言葉です。
 (楼座:赤字)「私は真里亞を愛している。生まれてきてくれたことに感謝している」
 こんな言葉は、まだ今の楼座には言えないでしょう。ならば、これからの物語が重要になってくるはずです。
 

「赤字」からの卒業


 今回扱ったような意味での「赤字」は、あくまでも人を信じられなくなった哀れな人間とのコミュニケーション手段です。
 ですから、いずれ必要のなくなるはずのものなのです。
 再び人を信じられるようになった時、もう「赤字」を使っていちいち証明する必要がなくなるからです。
  
 「赤字」が実際に私が言ったような使われ方をするかどうかはともかく、きっと「うみねこのなく頃に」という物語は、そんな「互いに信じあえる関係」を築く方へ向かっていくでしょう。


心と推理


貴方に期待するのは犯人探しでも推理でもない。
貴方が“私”をいつ信じてくれるのか。
ただそれだけ。

推理がしたければすればいい。
答えがあると信じて求め続けるがいい。

貴方が“魔女”を信じられるまで続く、これは永遠の拷問。
(参考)「うみねこのなく頃に」作品紹介

 うみねこの作品紹介にある言葉です。
 今回私が書いてきたことをもとに、この“私”と“魔女”の部分を、“私の愛”と置き換えてみましょう。

貴方に期待するのは犯人探しでも推理でもない。
貴方が“私の愛”をいつ信じてくれるのか。
ただそれだけ。

推理がしたければすればいい。
答えがあると信じて求め続けるがいい。

貴方が“私の愛”を信じられるまで続く、これは永遠の拷問。
(参考)「うみねこのなく頃に」作品紹介

 どうでしょうか。私には、金蔵からベアトリーチェに対して向けられた言葉に見えてきました。
 かつてベアトリーチェは金蔵に、薔薇庭園にて「愛がないから視えない」のだといいました。ベアトリーチェは金蔵の愛を信じていないようです。

 別にそこに限らなくてもいいんです。
 愛を証明したいのに、どう言っても疑われてしまう。疑われるから受け入れられないのだとしたら、そこには切実な願いが宿ることでしょう。
 どうしたら「私の愛」を信じてくれるのか。その苦悩の中で生まれたのが、「魔法」であり「赤字」だったりするのかもしれません。

 あるいは逆に、自分の心ではなく他人の心を証明したいのだとしたらどうでしょう。
 自分は本当に愛されているのだろうか?生まれてきたことを祝福されているのだろうか?

 事件を推理して解決するのはいいでしょう。
 しかし、人の心を疑って、推理し、その真実を暴こうとするのはどうなんでしょう。
 そこにはどうしようもない泥沼があるだけのような気がします。

 「赤字」を使えば簡単に証明できますが、それは恐らく現実世界には存在しない「魔法」です。
 ゲーム盤上ではいくらでも証明できますが、現実世界ではそうはいかない。

 人の心を疑ってもきりがない。だから、「永遠の拷問」となるのではないでしょうか。

 私は今、むしょうにEP1からやり直したくなってます。色んなものが新しく読み取れそうな気がするからです。
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