雛見沢研究メモ
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【うみねこ】[EP4考察] 「キャラクターの同一性」の問題 -分裂してぼやけていく彼らの姿- 

 私がよく考える問題に「キャラクターの同一性」というのがあります。
 とりわけ、同じキャラクターが分離しているように思える「うみねこ」では、「ひぐらし」よりも更にこの部分が複雑になってきているので、少し整理してみます。
(参考)【ひぐらし】 考察における三つの“諦め”と、「謎」との“別れ” - 雛見沢研究メモ(仮)

キャラクターを構成する要素


 今回は「キャラクターの同一性」を考える上で、その構成要素を3つに分けます。
 これらの要素が複雑にいりまじることにより、「同一人物かどうかの判別」が難しくなっています。

外見

 要するに「立ち絵」です。
 通常は「立ち絵が同じなら同じキャラクター」として認識されるわけですが、「魔法」や「変装」といった設定が入り込むことにより、「立ち絵」は「同じキャラクターであることを証明する記号」としての機能を失います。
 つまり、「立ち絵」が同じでも、同じキャラかどうか分からないのが「うみねこ」という作品です。

 例えば「メタ戦人」と「戦人」は同じ立ち絵ですが、同一人物かどうかは定かではありません。
 ラムダがいうように「駒は別人」だとすれば、別人です。

記憶や経験

 キャラクターが同じ人物であれば、記憶や経験も共有されています。
 同じ記憶や経験を持っていること、あるいは「固有の記憶や経験」を共有していることが確かめられれば、「同じキャラクターである」と考えられます。
 しかし、ここに「記憶喪失」とか「二重人格」あるいは「魔法」といった要素が入り込むことによって、より複雑化していきます。

 例えば、紗音や嘉音は前回のゲームのことを覚えているようなので「各EPの紗音や嘉音は同一人物」と考えられますが、留弗夫や霧江は前回のゲームのことを覚えていないようなので、各EPの留弗夫や霧江が同一人物であるかどうかは分かりません。
 紗音や嘉音が時空を超越しているとか、あるいは留弗夫や霧江が記憶をリセットされているなど、この状況を作り出すための特別な設定が存在するはずです。

性格や行動パターン

 これは「同一人物であることの証明」としては比較的弱い要素です。
 「このキャラクターがこんな風に考えるわけがない、言うわけがない、するわけがない」などとユーザーが感じても、それ自体は別人の証明にはなりません。
 なぜなら、同じ人物の性格や行動パターンが常に一定であるとは限らないからです。
 しかし、「同一人物であるかどうかの疑問」を発生させる要素としては充分に機能してしまうという、厄介なものでもあります。

 例えば、EP4で急に自己主張をするかのように親族会議で積極的に発言した霧江の行動を「おかしい」と思えば、この霧江がEP3までと同一人物かどうか疑問を持つことになりえます。
 他にも、これまで山羊などから逃げるだけだった譲治が、EP4では肉弾戦でそれらを撃退したことにより、譲治の同一性に疑問がでてくることもありえます。


ぼやけていく彼らの姿


 上で挙げた例はごく一部で、様々な要素によって今の「うみねこ」のキャラクターたちの「現実の姿」というのが非常にぼやけてしまい、元々どういうキャラクターだったのか分からなくなっています。
 「現実の彼ら」と「ゲーム盤上の彼ら」が別人であるならそれも当然でしょう。

 しかし、すでに「ゲーム盤上の彼ら」の間だけでもキャラクターの同一性がぼやけ、誰が誰やらわからないというのが現在の「うみねこ」の姿です。

真里亞

 まず「真里亞」から考えてみましょう。
 「真里亞」という名前で呼ばれているキャラクターは何体も登場しています。しかし、その全てが同一人物であるかどうかは定かではありません。
 同一人物ではないとしたら、一体どうなっているのでしょう。

◆「現実の真里亞」
 ゲーム盤の外の、生前の「真里亞」です。
 しかしこの「真里亞」だけでも複数要素あり、「実際の真里亞」がどんな人物だったのかは不明になっています。
 例えば「真里亞の日記の中の真里亞」や「縁寿の記憶の中の真里亞」といった風に“個人の記憶や主観”というフィルターを通してしか、真里亞の人物像に関する情報が存在しないのが現状です。
 そのほかの情報(EP2で六軒島に向かう真里亞と楼座の様子など)は非常に限られています。

◆「縁寿の脳内真里亞」
 縁寿が日記から呼び出したという「真里亞」です。
 設定的には日記に真里亞の魂の一部が?というのがあり、同一人物ではなく分身のようなものだと考えられます。
 しかしこの真里亞には不審な点があります。それは、真里亞の日記や魔導書には「黒化した真里亞」の情報も含まれているはずだという点。
 「縁寿の脳内真里亞」には、楼座の虐待により、憎しみや悲しみに塗りつぶされていった後の真里亞の姿が存在しません。
 理由は不明で、“縁寿が都合よく真里亞像を歪めている”とでも考えるのが妥当でしょうか。
 
◆「メタ視世界の真里亞」
 おそらくメタ視世界だと思われる場所で、ベアトリーチェとともに楼座を虐殺しまくった残酷な真里亞です。
 この真里亞は、おそらく「黄金郷でベアトリーチェとすごしていた真里亞」と連続性を持つ同一の存在だと考えられますが、定かではありません。
 「縁寿の脳内真里亞」とは別の存在だと考えられますが、明確な区別をつけるのは難しいでしょう。
 黄金郷から追い出されてどこかに行ってしまったようです。

◆「ゲーム盤上の真里亞」
 六軒島で10月4?5日を過ごす真里亞です。
 EP4では終盤まで生き残っていたはずなのに、いつのまにか殺されていました。
 「メタ視世界の真里亞」と微妙に言動が一致していましたが、同一人物かどうかは不明です。
 また、「各EP間の真里亞」も同一人物なのかどうかは不明。あるEPでは碑文を解こうとしたり、ある時は何もしなかったりと、行動パターンが違います。

戦人

◆「現実の戦人」

◆「ゲーム盤上の戦人」
 EP間での記憶の連続性はない模様。EP間での行動パターンの差異は割りと小さい印象。 

◆「メタ視世界の戦人」
 加えて、ベアトリーチェの指摘により「メタ戦人」が本来の戦人でない可能性が提示されており、余計に混乱中。
 各EP間において保有している記憶や経験に齟齬が見られ、同一人物かどうか不明瞭になっています。(「うっかり戦人くん」としてプレイメモで書いてきた諸々)

楼座

◆「現実の楼座」
 六軒島の外での描写が少しあるほかは、真里亞の日記による情報が多い。
 また、メタ視世界でベアトリーチェと真里亞に虐殺されまくっている最中、楼座自身の回想によって色々と判明した風。

◆「ゲーム盤上の楼座」
 各EP間での連続性はない。
 EP間で記憶に齟齬があるのではないかと私が以前指摘したんですが、間違いでした。(ベアトリーチェを覚えているかどうか)
 EP2で、親たちが集まった礼拝堂でベアトリーチェを見ているはずなのに、その後の楼座が礼拝堂での出来事を一切思い出さないということから、EP2内の「ゲーム盤上の楼座」の連続性・同一性に疑問が発生。
 記憶が消えているのか、別人なのかなど、単なる作品上のミスなのか、理由は不明。
 また、山羊相手に銃などで応戦するなど極端な行動(楼座無双)もあり、その非現実的な様子から、おそらくは「現実の楼座」とは身体的な能力などに格差があると推測される。

◆「メタ視世界の楼座」
 EP2のお茶会でメタ視世界に召喚されたものが一人。
 EP3で「黄金郷」と思われる場所にいたのが一人。
 EP4で真里亞に召喚されたものと思われるものが一人。
 同じ「メタ視世界の楼座」ですが、同一人物かどうかは不明。

ワルギリアおよび熊沢チヨ

◆「昔のワルギリア」
 どこかの家で顧問をしていたらしい、昔のワルギリア。ベアトリーチェはその家の子供だったらしい。
 しかしこのワルギリアが実在の人物かどうかは不明であるため、「現実のワルギリア」とは書けない。

◆「ゲーム盤上のワルギリア」
 EP3では、熊沢から変身する形で登場。
 EP4では、熊沢とは別人として登場。
 この二つの違いから、EP間の同一性に疑問。ワルギリアの同一性というよりは、熊沢の同一性にというべきか。
 ベアトリーチェの無限の魔法の使い方を監視・指導するために来たはずなのに、EP4では金蔵に召喚され、ベアトリーチェと一緒になってシエスタを使って虐殺の手伝い。行動が矛盾しているのがワルギリアのクオリティ。

◆「エヴァの当主継承儀式でのワルギリア」
 「メタ視世界のワルギリア」とは別の存在だと考えられる。
 「ゲーム盤上のワルギリア」と同一かどうかは分からない。ゲーム盤では登場後すぐに死んでいるため、退場しているはず。
 メタ視世界にて、メタ戦人と一緒に、メタ視世界のワルギリアが、エヴァの儀式に出席しているワルギリアを見ている。(ややこしい!!)
 メタ視世界のワルギリアでも、ゲーム盤上のワルギリアでもない、第四世界(現実・ゲーム盤・メタ以外)の謎の存在。

◆「メタ視世界のワルギリア」
 戦人に味方したかと思えばベアトリーチェと一緒に裏切ったり、あるいはベアトリーチェを嗜める立場であるかと思えばベアトリーチェの味方をしたりと、行動に一貫性が無いのが特徴。

ベアトリーチェ

◆「少女時代?のベアトリーチェ」
 ワルギリアに師事していた頃の大昔のベアトリーチェ。実在の人物かどうかは不明。
 また現在のベアトリーチェと同一人物かどうかも定かではない。

◆「九羽鳥庵のベアトリーチェ」
 六軒島に1967年あたりまで実在したとされるベアトリーチェ。
 実在の人間である以上、千年前から生きている魔女であるということなどはありえない。しかし一方で、金蔵のホムンクルスだとも言われている。
 楼座に連れ出されて死んだらしい。

◆「ゲーム盤上のベアトリーチェ」
 1967年に死んだはずなのに、実在の人間として?EP4では戦人の目の前に姿を現した。(ゲーム盤上の戦人が、屈服しない限り魔法的存在を目撃しないとすれば)
 また、EP4では二人に分裂しているシーンが存在する。ここから私は、「下位ベアト」と「メタベアト」の二つに分類した。どうやら二つは別の存在であるらしい。
 戦人に「罪」を思い出すことを求めたのは主に「下位ベアト」の方の都合で、「メタベアト」はその都合に合わせていると推測される。

◆「メタ視世界のベアトリーチェ」
 ひとくちにメタ視世界のベアトリーチェといっても、
 「EP1・2あたりの喫煙室のベアトリーチェ」
 「客間?で戦人とゲームしているベアトリーチェ」
 「EP4で真里亞と一緒に楼座を虐殺しまくったベアトリーチェ」
 など、複数ある。どれがどれと同じかなど、区別は難しい。

◆「真里亞の脳内(日記内)のベアトリーチェ」
 真里亞の少女時代、真里亞の脳内に存在したと思われるベアトリーチェ。
 (真里亞の日記内で)楼座の自宅にて出現が確認されているため、六軒島の外に自由に出られるらしい。
 しかし、他のベアトリーチェは「六軒島から出られない」という設定を持っているため、別の存在だと考えるのが妥当だろう。

金蔵

(参照)【うみねこ】[EP4考察] 「金蔵死亡確定」で発生する「盤上の駒」たちへの疑問 - 雛見沢研究メモ(仮)


まとめ


  このように、一口で「真里亞」や「戦人」といっても、それぞれが複数に分類され、さらに細分化し、人物像がぼやけ、その「本来の人物像」を把握するのは非常に困難です。

 私の記憶では一つの作品内でここまでキャラクターを分裂させるケースというのは珍しいと思います。
 ノベルゲームという、小説などと比較して情報量の多い媒体であっても、表現するのが難しそうですね。
 もし仮に商業作品としてコンシューマーゲーム化でもすれば、細かな立ち絵の違いや声優の演技の違いなど、情報量がさらに増えてわかりやすくなるかもしれません。

 EP4に対する世間的な評価(複数の感想サイトなどの総体として)の一つに「視点が飛び過ぎて分かりにくい」というのがあり、このキャラクターの分裂ぶりもそれを助長していると感じました。
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