雛見沢研究メモ
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【うみねこ】[第二話] “三層世界・間接干渉”仮説 

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 数ヶ月ぶりの考察ネタ。本も掲示板も他所のサイトも見てないのですっかり置いてけぼり。
 そろそろEP3の季節なので、復習&リハビリです。

 今回はうみねこのなく頃にWikiと自分の過去記事を見ながら思いついたネタ。
 とりあえず、今持っている世界観に対するイメージを具体化するためのエントリーで、ここからどう発展するかはあまり考えてません。書いてみたかっただけです。
 いつもの通り全部妄想。

「ルールの優先」


どうしても引っかかる楼座の記憶の断絶


 EP2初日夜、楼座を含む親たち7人が、礼拝堂にてベアトリーチェに屈服するシーンがあります。
 しかしそこで死んだのは6人。楼座だけが生き残り、楼座は昨夜自分が礼拝堂にいた記憶を持っているようには見えません。
 ここで「本当に楼座に礼拝堂の記憶が無い」と仮定し、その原因について考えます。

?ベアトリーチェが記憶を消した
?自動的に消えた
?礼拝堂の楼座とその後の楼座は別物

 ?であればベアトリーチェがそうした理由が必要。
 ?であればその原因。
 ?であれば礼拝堂の世界とその後の世界は別物です。


ベアトリーチェは儀式外で殺人できない?


 ここで私が考えたのは「ルールの優先」です。
 
 この物語において「魔女に対する屈服」は死と同義ですが、礼拝堂にいたのは7人。
 「第一の晩に、鍵の選びし六人を生贄に捧げよ。」とあるとおり、生贄に必要なのは6人だけ。1人余分。
 既に屈服した楼座を礼拝堂から追い出しても、「屈服=死」だから儀式の手順を逸脱してしまう。
 コレを解決するためには、楼座の記憶を消して、「屈服」を無かったことにするしかない。

 以前「ベアトリーチェは儀式外で殺人できない」という仮説を立てました。
 楼座の記憶の断絶は、この仮説の裏づけになるかもしれません。
 つまり?であるなら、この世界はベアトリーチェの逸脱行為による影響を自動的に是正する性質を持っている。
 ?であるなら、ベアトリーチェは自分の逸脱行為による影響を自分で是正しなければならない。ベアトリーチェが「ルールの擬人化」であるなら、ベアトリーチェの行動そのものがルールに沿ったものである。

 つまり楼座の記憶の断絶は、最初の殺人で6人しか殺せないというベアトリーチェの行動の制限を意味しているのではないかということです。
 手順に沿わないと“なかったこと”になる。だからベアトリーチェもルールに従うしかない。その意味ではフェアである。
 ここから得られたのは、この世界は「ルール」が優先される世界であり、ゲームの盤上そのものだという発想でした。


補足:EP1の最初の事件について

 EP2の楼座の記憶の断絶が「ルール」によるものなら、EP1で最初の夜を生き残った秀吉・絵羽・夏妃にも同じことが起こった可能性があります。
 つまり、親たち7人+使用人2人の計9人が「同時に魔女に屈服」させられ、その後で3人の記憶が消され、6人が殺されたというようなパターンです。
 
 あるいは夏妃がおらず、絵羽・秀吉が退室し、郷田を加えても5人であり、「1人足りなかった」から紗音が黄金蝶で誘導され、同時に殺されて「6人の生贄」になった……というのがEP1の裏側なのかもしれない。そこは分からないですけど。


三層世界・間接干渉


三層世界


?「現実世界」…ベアトリーチェ以外の島の住人。家族+使用人
?「虚構・ゲーム盤世界」…ベアトリーチェや魔法生物?を含む住人。魔女+家族+使用人
?「上位・メタ視世界」…ベアトリーチェ・上位戦人・ベルンカステル・ラムダデルタ
 という独立した三層の世界を想定します。
 図にするとこんな感じ。
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 上で楼座の例をとって考えた「ルールが優先するゲーム盤の世界」は?「虚構・ゲーム盤世界」です。
 魔女が自由に闊歩し、魔法を使うことができる虚構の世界でもあります。

 この下位に?「現実世界」があります。ここには魔女はおらず、魔法もありません。しかし?と同じように六軒島の住人が存在します。
 ここでは?の動向をある程度反映し、?で人が死ねば、その人物は?での死が確定します。
 ?と?で同時に人が死ぬのか、?でのゲーム終了時にまとめて死ぬのかは分かりません。
 また、?では普通に人が生活しているのか、全員眠ったような状態なのかも分かりません。
 仮に?でも普通に人が生活しているとすれば、ここには「語られない物語」があり、事故にせよ殺人にせよ、人が死ぬ物語が展開されていることになります。
 さらに、?の世界では?の世界での結果(人の死)を回避することはできません。

 ?の世界の上には?「上位・メタ視世界」があります。
 ここにはベアトリーチェや上位戦人がいて、?「虚構・ゲーム盤世界」の世界の動向を見守っています。
 ?をチェス盤とすれば、?はそのチェスのプレイヤーがいる世界です。
 現状でチェスの駒を直接動かせる(=?に干渉できる)のはベアトリーチェだけで、戦人は基本的に?に干渉することが出来ません。
 しかしこの状態は明らかに不公平なので、いずれ?の上位戦人が?の世界に干渉できるようになるかもしれません。

 このような三層構造を想定するのには理由があります。
 まず本編中の「メタ視世界」とそれ以外。これで二層あります。
 次に現実と虚構の分離。魔法のある世界を非現実世界・虚構世界として、現実世界と分離するパターンです。
 ここまでは割とポピュラーな捉え方なんじゃないかと思います。


間接干渉


 今回のキモになるのはこの「間接干渉」の部分です。
 これは、???の世界の、互いの世界への干渉の可・不可に関する考え方で、一つのルールです。
◆?「現実世界」
・?・?世界には干渉できない。
・?世界からの干渉を一方的に受ける。
?の世界から直接干渉することはできず、?を介してしか干渉できない(=「間接干渉」)

◆?「虚構・ゲーム盤世界」
・?の世界に一方的に干渉できる(認識しているかどうかは別)
・?の世界には干渉できない。 
・?の世界からの干渉を一方的に受ける(現状で干渉しているのはベアトリーチェだけ)
 ?の世界のプレイヤーは?のゲーム盤を介してのみ?の世界に間接的に干渉することができる(=「間接干渉」)

◆?「上位・メタ視世界」
・?の世界に一方的に干渉できる。
・?の世界には干渉できない。
・?及び?の世界からの干渉を受けない。
 図にするとこんな感じ。
 2008062802.gif

 最も重要なのは、?の上位戦人、ベアトリーチェともに?「虚構・ゲーム盤世界」を無視して?「現実世界」に影響を及ぼすことはできないということです。
 なぜこういう構成にしたのかというと、?「虚構・ゲーム盤世界」の「ゲーム」と「ルール」を、この作品世界における絶対的な存在にするため。
 ?の世界は、?のベアトリーチェ(ないし未知のゲームマスター)が、?の世界に間接的に干渉するためだけに用意したゲーム盤であり、他のカタチで干渉することはできません。
 ?世界の住人が?世界に干渉するための唯一の手段。それが?世界を介した間接的な干渉なんです。

 また、ベアトリーチェは現実世界における「不正」ではなく、虚構世界における「正当=ルール」であり、同時に「公正」の象徴でもあります。あるいはベアトリーチェは?の世界における「正義」だと言い換えてもいいかもしれません。

 ?の世界は虚構の世界でありゲーム盤の世界。人を殺しまくるゲームなんて珍しくもありません。
 ベアトリーチェはそのゲームそのものであり、戦人やユーザーはいまだプレイ方法すら分からないプレイヤーだと考えるわけです。

 ?のベアトリーチェが?に直接干渉するのはルール違反です。なぜなら、?の戦人たちはベアトリーチェに対抗する術を一切持たないからです。(そもそも?の世界には魔法がありません。魔法は碑文の儀式が完成した時に現実世界に影響を及ぼす可能性が提示されているだけのシロモノです)
 ベアトリーチェに対抗するためには、?の世界のゲームの「ルール」と、?の世界でだけ行使できる魔法やアイテムなどが必要で、これがなければゲームにすらなりません。
 ゲームがなければルールは存在せず、「世界のルールが擬人化した存在」であるベアトリーチェも存在することができません。

 ベアトリーチェの行動のルールは恐らく「碑文」であり、碑文に記された手順を逸脱した行動は何らかの形で強制的に是正されます。
 これが「EP2礼拝堂で楼座を屈服させたことが、なかったことになった」という現象の正体だと考えることになります。

 ?・?の世界で戦人側が敗北すれば、?の世界でもEP1・2のように全滅します。
 勝てば生き残れるかもしれません。


「魔法」の定義


 順番が少し前後しますが、ここで「三層世界・間接干渉仮説」における「魔法」の定義についても明らかにしておきます。(あくまでもこの仮説における定義)

 まず「魔法」には大きく分けて二種類あると考えます。
◆「碑文の儀式による魔法」
…「現実世界」に影響しうる唯一の魔法
…ベアトリーチェが勝てば利子回収完了(+黄金郷行き)
…戦人が勝てば生存(+黄金+愛)
…EP1・2は“引き分け” 引き分けでは魔法は発動せずリセットされてゲーム続行
…その他「現実世界」への影響については不明

◆「虚構・ゲーム盤世界における魔女側・人間側の戦闘手段の一つとしての魔法」
…「虚構・ゲーム盤世界」及び「上位・メタ視世界」においてのみ使用可能

 こういう定義にした理由は、「現実世界」には魔法は存在しないという前提を採用したため。

 「ひぐらし」で言えば、梨花のループ・記憶継承・羽入の存在・羽入の時間停止のどれもが「内面」のものであり、ただの妄想と区別のつかない現象でしかなく、それ自体は超能力かどうかは分からないものでした。
 唯一超能力たりえたのは、梨花の弾丸の捕獲のみ。
 「うみねこ」でも同様に魔法は基本的に「内面」のものでしかないと考えるわけです。
 現状では「全滅」しかない「ひぐらし」と同様の閉塞状況を打破しうる“ループ”的世界観も、現状では「内面」のものでしかありません。
 唯一現実に影響しうるのが碑文の儀式による魔法で、これが「ひぐらし」的世界観においての「奇跡」のようなものだと考えます。

補足:全滅こそが本来の運命?

 「現実世界」ではEP1・2と全滅していますが、これこそが本来の運命なのかもしれません。
 つまり「ベアトリーチェが家族を殺す」のではなく、「最初から死ぬことになっている」だけなのではないかということ。

 むしろそこで生き残る可能性を提示しているのが「碑文」や「ベアトリーチェ」なのだとしたら、これらは「殺すための魔法」ではなく、「生かすための魔法」なのかもしれません。
 であれば、彼らを殺す本当の敵は何なのか?


世界の変遷


 この「三層世界」ですが、最初からそうだったわけではありません。
 最初にあるのは?「現実世界」と?「上位・メタ視世界」だけで、?「虚構・ゲーム盤世界」はある時に発生し、そしていずれ消えるものです。
 図にするとこんな感じ。
 2008062803.gif
 「ゲーム」の開始と同時に?が発生し、終了と同時に消滅するという感じ。
 「ゲーム」の開始タイミングは、「うみねこ」本編中で島の中が異界化?した(っぽい)タイミング。
 「ゲーム」の終了タイミングは現時点では未知。EP1・2ではゲームは続行されており、まだ終了していません。

 「ゲーム」が終了していない世界でも時間は流れていて、ここでは戦人たちは全滅したことになっています。
 「ゲーム」が終了すれば、ベアトリーチェ側か戦人側の勝利によってその後の展開が変わることになるでしょう。

 これも「ひぐらし」と対応させて説明した方が楽なのでそのようにしますと……
 最初に「現実世界」と「上位・メタ視世界」があります。
 「ひぐらし」でいう「上位・メタ視世界」は、フレデリカがいた世界。あるいは祭囃し編ラストの、謎の神的な存在がいる世界です。
 まず梨花が最初に殺されて、ループが始まった時点で「虚構・ゲーム盤世界」が出現します。ここが「ゲーム」の開始タイミングです。
 以降の世界は全て「虚構・ゲーム盤世界」での出来事であり、梨花がループを止めるまでゲームが終わることはありません。(「うみねこ」では戦人が諦めるまでゲームは終わらない
 ゲームが終わったのは梨花の勝利が確定した祭囃し編であり、この時点で「虚構・ゲーム盤世界」が消滅します。ここで今までの「ゲーム」が「全員生存」という結果として「現実世界」に反映(これが「うみねこ」で言う「碑文の儀式の魔法」)され、ハッピーエンドとなります。 

 「ひぐらし」でも梨花が死んだ後の世界……赤坂や大石が独自捜査と本の出版をする世界……が描かれますが、これは「うみねこ」での真里亞の手記が発見された世界と同じだと考えます。
 これらは並行世界のようなもので、それを観測した人間の内面にしか存在せず、最終的に脳内妄想と区別がつかないものになります。

 蛇足ですが、「ひぐらし」と対応させて考えると説明しやすいのは、やはり世界観が似ているからだと思います。「うみねこ」でベルンカステルが行ってることと同じですね。


戦人の視界・ベアトリーチェの視界


 三層世界を観測するいくつかの視点について。
◆「神視点」…???世界全てを自在に見られる。
◆「ユーザー視点」…物語の俯瞰者。
◆「ベアトリーチェ視点」…全ての世界を自由に見られるわけではなく、ちゃんと制限がある。
◆「戦人視点」…?と?の戦人両方の和。持っている情報量は?の上位戦人の方が多い。
◆「普通の人間視点」…?の人間なら?の、?の人間なら?の世界を自分の目で見るだけ。

ユーザー視点

 ユーザーが見ているのは???世界の一部。
 ただし?・?世界の区別を詳細まで明確にするのは難しい。

 とりあえず魔法的な現象が起こっていれば?・?世界だと考えますが、物語開始以前に紗音の周りをウロついていたベアトリーチェの存在など、?の世界にも魔法的な現象が起こっているとも考えられます。
 ただし?の世界においての魔法は、個人の脳内妄想と区別のつかない程度のものです。
 妄想と区別される現象が発生した場合のみ、本当の「魔法」(ひぐらしで言えば「奇跡」)と呼べるものになる可能性があります。

ベアトリーチェ視点

 ベアトリーチェは一見???世界のあらゆる場所を自由に見られるような感じですけど、実際には恐らくそうではありません。
 作中では、神出鬼没だったり、蝶を使って諜報活動(EP2厨房)したりしてます。しかし好き放題に見られるとあまりにも有利すぎます。
 製作日記のEP3の画像(ttp://07th-expansion.net/Cgi/clip/Up_cg/466.jpg)を見ると、魔女側のキャラが何かに騙された風の様子。全てを自在に見られるなら、魔女を騙すとか引っ掛けるとか、そういうトリッキーなことはほとんどできなくなります。
 「ひぐらし」の“ガン牌ジジ抜き”の魅音=ベアトリーチェ、戦人=圭一として考えるとイメージが伝わりやすいでしょうか。持っている情報量は魅音の方が圧倒的に多いですが、圭一の持っている札の表を全て見られるわけではありません。
 ベアトリーチェは万能ではないんですが、どこまで見られるのか分からないのが曲者。

戦人視点

 ベアトリーチェ視点との決定的な違いは、「殺人現場を見られないこと」です。
 「虚構・ゲーム盤世界」での殺人は、ベアトリーチェによって魔法的に行われている様子が描かれていますが、同時に現実的な方法でも“可能”でなければならないという制約があります。でなければゲームになりません。
 しかし戦人が見られるのは「死体」や「行方不明」という結果だけ。ここから過程を推測するのが戦人のゲーム。
 現象は「殺人」と重いですが、やってることはただのクイズ。これが「人間犯人説の維持」という「ゲーム」の一つだと考えています。
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