雛見沢研究メモ
ひぐらしのなく頃に・うみねこのなく頃にの考察・ニュース

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- ] 【スポンサー広告はてなブックマークに追加

コメントの投稿










管理者にだけ表示を許可する

【ひぐらし】 「ひぐらしのなく頃に」の理想と現実と「うみねこのなく頃に」 

(最終更新:2008/07/16)

 こちらの記事に刺激を受けて。
 
 以下長文。

方向性を変えた後の「ひぐらし」の理想形



 今度は最初に紹介したこの記事について。
 私はこのお話を、
【「ひぐらしのなく頃に」は古手梨花を殺害する3つの条件「部活メンバーが雛見沢症候群を発症」「鷹野三四による雛見沢大災害」「園崎家が黒幕というミスリード」を暴いて解決する、プロバビリティの犯罪(蓋然性の犯罪)を扱った(本格)ミステリである】
 ということだと理解しました。
 そういうテーマ・トリックを扱うミステリが存在することを全く知らなかったので、目新しさを感じました。
 なるほど、そういう視点で見れば、「ひぐらし」はそういう類の「ミステリ」なのかもしれません。

 しかし、このお話は飽くまで「方向性を変えた後の“ひぐらしのなく頃に”の理想形」に関することだと解釈しました。

 「ひぐらし」は明らかに途中で方向性を変え、初期とその後では別物といっていいほど違っていることが理由の一つ目。
 作者が公式掲示板で問ういくつかの具体的な「問い」や、作中で提示した問題を考えさせる作品から、「ルール」という新しい概念を考えさせ、それを解き明かす物語へと変化しています。
 そして、最終的に初期の問いの一部(「圭一の遺言の謎」)が無視される形になっています。
 上の記事にはこのあたりに関する指摘がないので、「方向性を変えた後のひぐらし」に関するお話だと解釈することになったわけです。
(関連)【ひぐらし】 「ひぐらし現象」 -ブームの隆盛と収束-

 そして「ルール」を中核にした形態へと変わった後の完成度を考えると、「試み」としては優れていると思うが、「完成度」には問題があったと結論せざるを得なかったことが、理由の二つ目。
 上の記事ではこの点に関する指摘も特にないようなので、「方向性を変えた後のひぐらしの“理想形”」に関するお話だと解釈することになります。
 「ひぐらし」は自身が目指したであろうものの「理想形」を体現するに至らず、「問題点を残した作品」のまま終わってしまったからです。
(関連)
【ひぐらし】 三つの「諦め」と、謎との「別れ」
(返信) 【ひぐらし】 三つの「諦め」と、謎との「別れ」補記
【ひぐらし】 皆殺し編「赤坂忘却問題」の悪夢
【ひぐらし】 皆殺し編「赤坂忘却問題」の悪夢・補記


その理想を体現するのは「うみねこのなく頃に」ではないか


 こういったことを踏まえ、「うみねこのなく頃に」は、「ひぐらし」が最終的に目指した方向性での「理想形」へと近づくための作品という方向性を持っているのではないかと考えています。
(関連)【うみねこ】 「ひぐらし」の理想的展開から「うみねこのなく頃に」を想像する

 それを愚直に確認しようとする試みが第一話プレイメモ[時系列]です。
 今のところ「うみねこ」の正体は不明。
 「プロバビリティの犯罪(蓋然性の犯罪)を扱った(本格)ミステリ」であるかどうかは今のところ分かりません。


是非どなたかに確認して欲しい


 このことは、ある程度ミステリに関する知識のある方に、“全てをプレイしおえた後”ではなく、“プレイしながら”確認して欲しいと思います。私ではきっと無理でしょうから。

 ミステリに関しては「読み終えた後の書評」はよく見かけます。
 しかし、一部で「本格」の要件とされている「手がかりが全て与えられていて読みながら謎を解くことが出来る」ということを“実際に自分の手で一読目から”確かめているものはまだ見たことがありません。
 定義に関する要件の問題からすれば、本来「本格ミステリ」の書評はそういう“自身の試み”こそがメインであるべきではないのかと私は考えます。


ひぐらしは(本格)ミステリ“だった”


「(本格)ミステリ」として世に出されたものは全て「(本格)ミステリ」であり、ただその出来不出来によって「優れている」か「そうでない」かが判断されるだけだ。

 ここまでは今の「ひぐらし」がミステリであるかどうかという話でしたが、最後に、私が考える「(本格)ミステリ」の定義と、「ひぐらし」の関係についてお話したいと思います。

 私は「ひぐらし」が「(本格)ミステリ」で“あった”ことは特に疑っていません。
 「受け手ではなく作り手・売り手側がそうだとしていれば“出来の如何によらず”(本格)ミステリである」というのが私のとりあえずの理解であり、定義だからです。
 単に「(本格)ミステリ」であることと、「優れた(本格)ミステリ」であることは、別の問題だと考えています。

 こういう解釈は別段珍しいことではなく、「ジャンル」に関する解釈をとりあえず収める際に用いられることのあるものだと思います。
 つまり「(本格)ミステリ」として世に出されたものは全て「(本格)ミステリ」であり、ただその出来不出来によって「優れている」か「そうでない」かが判断されるだけだという捉え方です。

 受け手側の解釈の問題は、私の知る限り非常に複雑怪奇で、私にとって理解不能であると同時に、“不確か”でもある様子をつぶさに見てきました。
 これは別にミステリに限ったことではなく、「ジャンル」というものに共通する問題でしょう。
 
 この観点から最近の「ひぐらし」の扱われ方を見ると、初期?中期とは方向性が変わっていることで、作品のジャンルも変わったと考えることができます。
 初期には「(本格)ミステリ」という区分で宣伝・紹介されていたこともありますので、上の定義からすれば「(本格)ミステリだった作品」ということになるでしょう。
 今はサスペンスだかホラーだか、そのあたりの扱われ方ですね。


まとめ


 「出来の分からない(本格)ミステリ」として世に広まった「ひぐらし」の初期?中期は、方向性を変え、最終的に「完成度に問題のある(本格)ミステリ」として落ち着いた。
 「うみねこ」では、「ひぐらし」で方向性を変えた後に目指したものを、より高い完成度でもって実現しようとしているのではないか。
 そのことを、是非どなたかに確かめて欲しい。
 
 こんな感じのお話でした。
関連記事


コメントの投稿










管理者にだけ表示を許可する
バナー
サイト内検索


bare
はてなブックマーク数

カテゴリー

【配布物】
[うみねこ辞書用テキスト配布]
[ひぐらし辞書用テキスト配布]
ネタバレバナー ver.2.1

このサイトについて
ブログパーツ



  • ブログSEO対策 : track word 
  • SEO 
  •  
  •  
  •  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。