雛見沢研究メモ
ひぐらしのなく頃に・うみねこのなく頃にの考察・ニュース

【ひぐらし】 考察における三つの“諦め”と、「謎」との“別れ” 

(最終更新:2008/07/16)
 他人にとっては「謎」ですらないものを、自分はいつまでも「謎」だと感じ、考え続けてしまう。
 そんな「謎」への執着が私にはあります。
 
 しかし、いくつかの“諦め”……つまり「幻想」を切り捨てることによって、「謎」と“別れる”ことに成功しました。
 「謎」を、作品か自分の「問題点」へと貶めることによって。
 「謎」を手放し、見切りをつけ、もう考えない。そのための手続きを自分なりに書いてみました。

 割と今後の記事の肝になるかもしれない部分なので、事前に説明を試みます。
 思ったより長くなってしまいました。

諦めることで、謎が謎でなくなる時


「謎」との別れ


 考察をメモっている最中、奇妙な寂寥を感じることがあります。 
 一言で表現するなら、「“謎”との別れ」といったところでしょうか。「“謎”が解ける」という感覚ではないんです。

 「まだ、ひょっとするとコレは、謎なのかもしれない……」
 そんな風には考えるんですが、今まで「謎」だった部分のいくつかが、「謎」として認識できなくなっていくんです。
 「謎」が「謎」として意味を成さなくなって、別の何かに変わってしまう。そんな感覚です。

 これは三つの「諦め」によって、もたらされました。
 長年つきあった「謎」に、「謎」としての価値がなくなっていく過程は、宝石が石ころに変わっていくようなものかもしれません。 


終わらない「謎」の一例・個人的な「謎」のこと


 例えばそうですね……   

 「おはぎ」の謎なんかを例にしてみると、どうでしょうか。 
 鬼隠し編で、レナと魅音が、病気で学校を休んだ圭一の家へ見舞いに来る。
 そのときに「おはぎ」を差し入れるんですが、この中に仕掛けがあり、ゲームを持ちかけられる。
 「おはぎを全部食べてレナの作ったものがどれだったか当てる」
 そして、圭一がおはぎを食べようとすると、中から針が出てくる……
 
 このエピソードにおける「謎」は、罪滅し編で一旦「解答らしきもの」が与えられて、解けたかのように見えます。
 しかし、“私にとっては”、まだ「おはぎ」の謎は残ったままでした。

?「針とタバスコを間違えるなんて、いくらなんでも無理がありすぎる」
?「病人である圭一に、おはぎをいくつも食べなければならないゲームを持ちかけるレナと魅音の意図」
?「病人である圭一に、タバスコ入りのおはぎを食べさせようとした魅音と、それを知りながら見てみぬフリをしたレナの意図」

 ?が消えたのは、雛見沢症候群の存在が確定し、どういうものかが概ね分かった最後の最後の方になってからだった……と言えるでしょう。
 そして、?や?は、全ての編……「祭囃し編」までが終わっても、「謎」として残ったままでした。 

 「謎」とは、私自身が納得しきれないでいる、疑問点のことです。
 これらは、人によっては「謎」とすら感じられないような疑問点でしょう。
 しかし、“私”にとっては重大な「謎」で、いつまでたっても解けない「謎」だったんです。


無意識的な解釈


 おそらく、この??の謎に対して誰もが最初に試みるのは、「特別な事情があったのではないか……」などと解釈を加えることではないでしょうか。

 最も分かりやすい例としては、「魅音は空気が読めない」というように、キャラクターの内面の問題として行われる解釈があります。
 魅音は空気が読めない。だからオカシナ行動をとってもおかしくない。
 それで「おはぎ」の謎は説明がつく……といったところでしょう。

 ここで注意しなければならないのは、この謎には「レナ」も関わっているということです。
 魅音の内面に問題があって起こったことなら、レナにも同様の問題が考えられます。
 結果として“二人とも空気が読めない”という、妙な論に達してしまいます。

 他にも、「二人は、圭一が本当に病気であることを全く想定していなかった」などの「特別な事情」を、作中に何の説明もなくても、ユーザー側が勝手に作り上げていくことも考えられます。
 
 しかし、このおかしな状態は、ある一つのことを「諦める」と、簡単に解決されてしまいます。

 

「キャラクターの同一性」を諦める


 前述の“二人とも空気が読めない”というおかしな状況は、「謎」が発生した原因を、「キャラクターの内面」に求めることで陥ってしまうものでした。

 しかし、ここであることを諦めれば、この問題は解決してしまいます。
 それは「キャラクターの同一性」です。
 キャラクターはいつでも一定で、変化しない。突然別の人間になったりしない。
 「二面性のあるキャラ」とか「多重人格キャラ」なんてのとは、また別です。

 それは現実世界では当たり前のことなんですが、物語世界ではそうではありません。
 “キャラクターが安定しない……”
 「二面性」や「多面性」といった概念ではなく、むしろ「不定形」と表現するしかないような、何か。

 こいったことが起こる原因は、キャラクターの内面のような物語の「内部」ではなく「外部」……
 つまり、「作者」や「作品自体」、そして「私自身の認識」に求められる部分です。

 これは「作品としての“問題点”」や、「私の認識の“問題点”」であり、「謎」ではありません。
 キャラがブレている。場面によって印象が違う。このキャラはこんなことはしないはずだ。
 作品がおかしいのか、私がおかしいのか。両方なのか。確かなことは分からないまま。


作品としての「問題点」・自分の「問題点」


 「謎」だったものは、「問題点」へとすりかわってしまいました。
 謎が“解けた”のではなく、謎が謎でなくなってしまったのです。
 これが、最初に言った「“謎”との別れ」ということです。
 
 それなりに良く出来た作品だったからこそ、「作品としての“問題点”」を指摘するのは、憚られるところです。
 こういったことは非常に慎重に行うべきことで、なかなかいい加減なことは言えません。
 「自分の“問題点”」ならいくらでも好きに言えるんですが。 

 一般にこのような「作品の“問題点”」が発生する原因は、作者の力量不足、作品にかけられた労力の不足、制作環境の問題、偶然、校正ミスなど色々と考えられるでしょう。
 一ついえることは、作者竜騎士07氏は、少なくとも鬼隠し編を含む出題編4編を作った当時は、ごく経験の浅い、素人作家だった……という“事実”です。
 それを踏まえれば、「問題点」の発生は無理もないことだと考えられるはずです。

 『ひぐらし』の「出題編」が発売された当初、ユーザーは「何かすごい答えが用意されているに違いない」など、大きな期待をかけました。
 作品に対しての多くの強固な「幻想」を生み出し、“作品を疑う”という当たり前のことが、疎かになっていたかもしれません。
 しかし、それも無理のないことだったかもしれません。

 そこにあったのは「完璧な作品」という幻想でした。
 作品は完璧でなく、また自分自身も疑わしい。
 全てに納得することは、非現実的なのです。

 

つまりどういうことになるのか


 まず、前述の??が、意図的に演出されたものだったとしましょう。
 これを「作品の“問題点”」とする場合は、「謎が解けた後に残る不自然さを解決できなかった」というあたりに帰結するでしょう。
 次に意図的なものではなかった場合。
 これは、「問題を想定できなかった」というあたりに。

 また、「元々レナも魅音もそういうことをするキャラクターだった」とすると、「作中での説明・描写不足」というあたりに帰結するでしょう。
 この場合、??のような「無神経」「空気が読めない」と取れる行動を、何度かキャラクターにさせておくなど、何らかの方法で、その他の行動と矛盾が出ないようにしておく必要があったと考えられます。

 ある時は「非常に気のつく繊細なキャラクター」なのに、ある時は「病人にタバスコを盛る不気味なキャラクター」になってしまう。
 しかも、罪滅し編で示された解答は、二人が飽くまで圭一に気を使って行ったことだった……というものでした。
 これでは話が通じません。
 
 「謎が解けたはず」なのに、「謎が残ってしまう」という状態。
 解答を出したのに、解決していない。
 これが「作品の“問題点”」ということになります。

 「おはぎ」の謎は、謎ではなくなりました。
 それは「作品側の失敗」という結論を導いて、消えてしまいました。
 
 ただの1ユーザーが、「作品側の失敗」を指摘する傲慢。
 そして、その指摘が間違っていたら?という不安。
 その間違いを起こすことによるリスク。
 そういったものをビクビクと臆病に考えながら、こういうことを書くことにしたのは、
 こうでもしないと、事実上、永遠に謎が“終わらない”と考えたからです。

 作品への幻想。そして自分自身への幻想。両方を手放し、私は「謎」を終わらせることにしました。


「謎」を駆逐する


「作品の“問題点”」に関する三つの「諦め」


 ここまでで触れた「諦め」は、「キャラクターの同一性」を諦める……ということだけです。

 しかし、他にも諦めなければならないもの・諦めれば解決するものがあります。
 今、私はPS2版の『ひぐらし』をプレイ中です。
 現時点(PS2版の鬼・綿・祟・盥編終了時点)では、それは合計“三つ”ありました。
 
 すなわち、
 (1)「キャラクターの同一性」 
 (2)「雛見沢症候群の発症者の主観」
 (3)「過剰な演出」
 この三つです。
 それぞれに関しての「特別な事情」を、無意識に作り出そうとしてしまう自分を自覚して、それぞれをごく淡々と“切り捨てていく”
 それが今回の記事の要点です。 

 この「三つの諦め」を応用することで、とりあえず今のところは「謎潰し」(?)に通用しています。

 (1)については既に説明しましたので、残り二つについて説明します。


「雛見沢症候群の発症者の主観」を諦める


 (2)は、発症したキャラの主観を、基本的に信憑性のない情報として、バッサリ切り捨ててしまうことです。

 症候群を発症すると、幻覚や錯覚が起きる。
 キャラクターが自分で認識している、「場所」「人物」「物」「時間」といった基本的な情報が、一切信用できなくなってしまいます。

 「雛見沢症候群の発症者の主観を“諦める”」とは、例えば鬼編の圭一の発症後と考えられる主観の一切を、最悪の場合「全て幻だった」とすることを“認める”ということです。
 
 ただし、一方で圭一の行動に「事実」だった部分も存在することを確認しておかなければなりません。
 例えば「圭一がレナと魅音を殺した」ということ。

 これは、後に「警察の文書」によって客観的な事実として語られます。
 なので、この場合は警察を信用する限り、事実だった……として確かめられます。

 このことは同時に「発症後の圭一の主観」が全て幻……だったのではなく、少なくとも一部に「事実」が含まれていたことを証明しています。
 これを諦めることで、鬼編の圭一のような発症者の主観によるエピソードの大部分を、「そもそも謎ですらないもの」として扱うことができます。


「過剰な演出」を諦める

 
 続いては(3)です。

 以前例に出したのは「祟殺し編のアリバイ作りだと思われるシーン」でした。
 圭一が鉄平を殺した後、学校に行くと、仲間たちが「圭一は祭りに来ていた」と言う。
 しかし圭一は祭りに行った覚えがない。さて一体どうしたことだ……

 このシーンは見ての通り、他編の「祭り」の内容を複合したもので、個々のイベントが細部でほぼ完全に一致しています。
 「(梨花を除く)仲間たちが考えた結果、偶然そうなった」とすると、“できすぎ”……つまり“演出として過剰”です。

 こんな偶然はありえない。
 こんな偶然を認めてしまうと、サルがタイプライターでシェークスピアを執筆しだしてしまう。 

 この問題を解決する糸口は、とりあえず二つあります。
・「圭一が雛見沢症候群を発症した状態だとして、一切の不自然な点を現実ではないとする」
・「梨花や羽入のような超能力キャラがアリバイの演出に噛んでいる」
 
 梨花や羽入が絡んでいるとしても、何故あそこまで細かく再現する必要があるのか、その意図が分かりません。
 レナに至っては、圭一に「ぬいぐるみ」のことでコッソリ礼を言うなど、演技まで過剰です。
  
 更に「キャラクターの同一性」にも疑問が出てきます。
・「梨花は圭一の発症の可能性を知っていて、圭一を混乱させる状況を容認している」
・「レナ・魅音(の少なくともどちらか)は圭一が殺人を犯した後だと知っていて半ばからかうような演技をしている」
・「祭りに行けなかった沙都子がいる教室で、沙都子に聞こえるように祭りの話をする」
 彼女たちはそんなキャラだったか?ってわけ。
 「空気嫁」ってこと。

 このあたりに「演出の過剰さ」を感じたら、その疑問はキャラクターだけではなく、やはり「作品」へと向かいます。
 「こういう演出にした方が状況の異様さが際立って盛り上がるだろう」……とか。
 そりゃそうです。
 しかし、それは「解答を示した後の問題」を度外視して得られる効果です。

 そこには、「作者・作品にとっての必然性」はあっても、「キャラクターにとっての必然性」がない。
 解けたはずの問題が解けないという、「作品としての“問題点”」が発生してしまう。  
  
 ここで、この「過剰な演出」に関して、作品中に「特別な事情」を考え出すことを諦める必要が出てくるわけです。
 それはただの「問題点」であり、「謎」ではないと。


雪絵と偶然


 他の例をあげてみましょう。

 例えば「雪絵の死」……
 あれは、「偶然」です。
 
 誰かの「呪い」ではないし、「意思が運命に影響する」という世界観にすら特に関係ない。
 「偶然」死ぬ。
 赤坂が雛見沢に来て、重大な事件に巻き込まれている間に、ものすごくタイミングよく死ぬ。
 どう考えても“できすぎ”です。

 この“できすぎ”な……「過剰な演出」は、全ての編が終わった後でも、
 「やっぱり何か特別な事情があって、雪絵が死んだんじゃないか」 
 と考えさせてしまいます。
 少なくとも私はあまり納得がいきません。

 しかし、考えても無駄です。
 それはただの「偶然」であり、他の答えもなく、終わってしまったからです。
 だから“諦める”しかない。
 「過剰な演出」によって生まれた謎、疑問、もやもやとスッキリしない感覚を、諦める。

 「過剰な演出」を諦めれば、もうそこに「謎」はありません。
 それで終わり、ただの「偶然」ですから。


それを『うみねこ』でも行わなければならない可能性


?「キャラクターの同一性」を度外視する 
?「全く信用できない主観」を諦める
?「過剰な演出」を諦める

 これら三つを、やはり次の「うみねこ」でも行わなければならない時が来るかもしれません。
 「謎が解けた後にも、謎を残す」というすっきりしない終わり方になってしまう可能性があるからです。
 それをヨシとするか、そうでないか。それは人それぞれでしょう。

 作品の問題なのか、自分の問題なのか。
 解けるものか、もはや諦めるべきものなのか。
 またじっくりと見極める必要が出てくるかもしれません。
 自分の中でいつまでたっても終わらない「謎」への執着を断ち切り、“別れる”ために。
関連記事


このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2007/07/16 10:45 ] [ 編集 ]
罪滅ぼし編から別の解釈も出来ると思ったので書いておきます。

「罪滅ぼし編」でレナの犯行を知った部活メンバーは
遺体や犯行を隠しましたよね?
それと同じように圭一の犯行を皆が知っていて、
アリバイの為にまるで圭一が祭りに来た様な発言をし
圭一は症候群のためにそれを察せなかった…

圭一と口裏あわせをしないのは不自然ですが、
この方がすんなりと解釈できませんか?
[ 2007/08/17 20:06 ] -[ 編集 ]
その解釈が最も確からしい解釈だと思います。
その解釈を踏まえた上で、そのおかしさを指摘し、更に先に踏み込んだのがこの記事の内容です。
[ 2007/08/17 21:04 ] VhNaT.1s[ 編集 ]
おはぎについての②③は問題ないでしょう。
例えば、魅音とレナが圭一の見舞いに行こうと話し合うとします。そしてせっかくだから何か面白いことをしようとする(圭一を元気づけようとゲームを考えた)
ちなみにお魎は毎年、祭りの時期におはぎを作っています(祭囃子より)
さらに魅音とレナは圭一が元気そうなことを確認した上でおはぎを渡しています。
タバスコは普段の部活メンバーやりとりから考えてもまずイタズラで済まされますよね。以上のことから②③は気にすることではないと思います。
[ 2007/09/15 13:26 ] -[ 編集 ]
「過剰な演出」と言われる祟殺し編のシーンですが、管理人さんはあの教室での沙都子に聞こえるように話すのはおかしいと言われていますが、
沙都子というよりクラスのみんなに圭一が祭りに参加していた事を印象付けたかったんだと思います。大人達に嘘をつかせることは園崎家なら問題ないでしょうが、
子供には嘘をつかすより、事実だと思わせるほうが楽でしょうから。
なぜ圭一にアリバイを作ることを説明しないのかという点は
放課後、それまでゴミ山に来る描写のない魅音がレナと一緒にゴミ山に行こうとしたことから、そこでアリバイ作りを説明&その時間にアリバイ作りをしようとしたのだと思います。(恐らくその時間に鉄平が失踪したことにする)
しかし圭一がそれを断ったのでレナは診療所のレシートを必ずもらうように言ったのでしょう。
[ 2007/09/15 13:46 ] -[ 編集 ]
②「病人である圭一に、おはぎをいくつも食べなければならないゲームを持ちかけるレナと魅音の意図」
③「病人である圭一に、タバスコ入りのおはぎを食べさせようとした魅音と、それを知りながら見てみぬフリをしたレナの意図」

この2点についてですが
玄関での会話で「お昼何食べた?」や大石の事を聞いてきたということは、圭一がエンジェルモートで大石と昼食を共にしていたことをレナと魅音は知っていたと思います。
そのときの様子から病欠ではなくサボリだと判断してイタズラを仕掛けた

と考えてみては如何でしょう?
[ 2007/09/19 20:29 ] JalddpaA[ 編集 ]
どれも綺麗に収まる妥当な解釈だと思います。
しかし私はそういうものをある程度把握した上でこういった考察を進めているのだとご理解ください。
(参考)
//irimadonna.blog63.fc2.com/blog-entry-367.html
[ 2007/09/20 00:39 ] VhNaT.1s[ 編集 ]
コメントの投稿










管理者にだけ表示を許可する
バナー
サイト内検索


bare
はてなブックマーク数

カテゴリー

【配布物】
[うみねこ辞書用テキスト配布]
[ひぐらし辞書用テキスト配布]
ネタバレバナー ver.2.1

このサイトについて
ブログパーツ



  • ブログSEO対策 : track word 
  • SEO 
  •  
  •  
  •